アガサ・クリスティ作 名探偵ポワロ「象は忘れない」


2014年9月、「名探偵ポワロ」のファイナルシーズンが放映されて、DVDもすべて出揃い、1989年に始まった24年間にわたるシリーズがついに完結してしまった・・・。

 

ミステリー好きな俺は、全70話のうち、最終話の「カーテン」だけ残して、すべて観てしまいました。

 

なんで、最後の「カーテン」だけ観ないかというと、観たら終わっちゃうのが悲しい気分になりそうで、怖くて観れないのです。

 

「カーテン」TV版の詳細は分かりませんが、ストーリーは知っているので、なおさら観たくないのです。ファンならではの心境だと思うのですが、まさか犯人は覆せませんからね。それを考えるとアガサクリスティーって、今さらながら偉大です。

 

この「名探偵ポワロ」ファイナルシーズンは、どれをとっても素晴らしい出来栄えで、とてもこれがTVドラマとは思えない、どれもが極上の映画を観ているようです。

 

中でも「象はわすれない」は素晴らしいと思った。

 


これまで、アガサクリスティの作品で一番好きだったのは、「鏡は横にひびわれて」でした。

 

これは、ミスマープルシリーズで、同じくBBC制作のTVシリーズがありますが、映画ではエリザベステイラーが主役を演じていました。

 

これの何が好きかというと、殺人の動機です。犯人の動機には美しさと儚さがあります。物語りの設定は絶頂期を過ぎた大女優で、こんなストーリーは、女性であるクリスティーならでは。彼女しか考えつかなかっただろうと思います。

 

さて、「象はわすれない」ですが、これは1972年にアガサクリスティが80才を過ぎて書いた、実質上ポワロの最後の事件です。

 

ポワロの最後の事件は「カーテン」ですが、1943年に執筆されていたので、執筆順ではこの「象はわすれない」がポワロ最後の作品なのです。

 

そこで、「象はわすれない」の書評などをみると、この作品の評価はあまり高くないのですね。

 

うーん。俺はそうは思いません。実に興味深い作品で、「鏡は横にひびわれて」に通じる美しさを感じるのですが、なぜ書評が芳しくないのか、自分の目で確かめてみたいので、久々にクリスティーの文庫本を買うことにしました。

 

最近はAMAZONなる便利なものがあるので本屋へ出向くことが少なくなりましたが、なんとなくイベントにしたくて、日本橋丸善まで出かけて、ハヤカワ文庫の赤い背表紙を手に取りました。

 

日本橋には昭和の香りのする純喫茶が何件かあるのですが、中でも地下にあって大好きな「ルイーズ」に行って文庫本を開き、至福な時間を過ごしてきました。

 

さて、本はその日のうちに読破しましたが、やはりこれは面白い!

もしかしたら、クリスティの最高傑作かもと思っています。

 

80才を過ぎて執筆するならば、アガサ・クリスティも、これがきっと最後のポワロだろうと思って執筆したことと思います。

 

さて、ここまでブログを読んで下さった方は、恐らくはミステリーファンかも知れませんね。そうでなかったら、もうここまでで結構です(笑)

 

ここからは、ネタバレを含みそうなので、読まないでください。

 

さて、ミステリーファンのあなた!

 

アガサクリスティともあろう大作家が、生涯最後であろうポワロものを、酷評で終わるようなものにするとお思いでしょうか?

 

俺は思いません。この話はさても奥の深い、ポワロ最後の事件にふさわしいものです!なぜならば、真犯人は別にいるからです!

 

説明いたしましょう(笑)

最後に殺人の真相を語るのは、ポワロ本人ではありません。

当時の生き証人は1人だけです。その人によって殺人のトリックが語られます。

 

ポワロは双子の姉妹が入れ替わったという最大の秘密を暴きましたが、それ以降、なぜか口をつぐんで、その生き証人の語るままに、最後まで一切、口を挟まないで、そのまま事件に幕を引きました。

 

何故だと思いますか?

 

ポワロには真犯人を追求するエビデンスがなかったからです。真犯人とは双子の妹かその生き証人のどちらかです。クリスティさん、どちらかに決めてください。

 

どちらの人物も殺人は不可能でした。妹は先に殺されて、生き証人は殺人当時はスイスに移住してましたから。

 

動機は愛です。方法は殺人教唆。

 

結構大胆なことを言っておりますが、自分の説にはそれなりに自信があります。

 

クリスティは「象はわすれない」を執筆した時、ポワロ最終作「カーテン」を既に執筆しており、「カーテン」はクリスティの死後に出版されることになっていました。

 

恐らく、「象はわすれない」の次作が「カーテン」になるであろうと、高齢のクリスティは予測していたと思います。

 

「象はわすれない」の最後のポワロの沈黙は「カーテン」の伏線だった。そう考えると「カーテン」のテーマである殺人教唆にぴったりなのです。

「カーテン」の殺人教唆には悪意と憎悪がありました。「象はわすれない」には愛しかありません。しかも所詮滅びる愛だった。ポワロが黙ったのはそのためです。犯人を追求する意味が見出せなかったのです。

 

ああ、なんと美しくも残酷な話でしょう!

ミステリーは伏線の文学ですからね。なんといってもアガサクリスティですよ。そのくらいのことはやるでしょう。

 

「象はわすれない」とは、Elephant never forgetsという英語のことわざで、作品中も語られてますが、昔、鼻をいたずらされた象が、その後何年も経って、市場で偶然通りかかったいたずらをした人に、鼻から水を浴びせて仕返しをしたという逸話から来ています。

 

ところが、原題はElephants can rememberなんですね。

「象たちは記憶することができるんだぞぉ」(笑)ということです。

 

本当にいいミステリーは、終わった後に新たな謎を残すと思っています。すべてが語られるもの、すべてに整合性があるものは文学ではないのです。

 

第一、人の心がそうですもん。

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