HARE男

「俺は晴れ男だ☀」というと、曲がりなりにも公認心理師なんだから、「確証バイアス」くらい勉強したはずだろ?と言われます。「確証バイアス」とは自分の考えや、信じていることを支持する情報ばかりに注目し、反証する情報はシカトする傾向(認知バイアス)のことです。この場合、晴れた経験だけに注目して、雨に降られた経験はすぐに止んだなどと過小評価したり、もしくは、ツレが雨男・雨女だから雨に降られたと解釈したりするということです。他人のせいするなんて、考えたらひどい確証バイアスですよね。分かっています。確かに、晴れ男の俺にも雨は降ります。ある個人の存在は天気という自然現象に一切の影響を与えない。これは確実に確かな事実ですが、やはり俺は晴れ男だと思って止みません。俺だけではありません。周りも俺のことを晴れ男だと認めています。「さすが晴れるよねー」と、頻繁に言われます。だから最近は傘を持って出かけません。たとえ出かけるときに雨が降っていても、止むからです。そして傘をなくすからです。と、信じているからです。信念ですよね。

雨が降っていても俺が出かけたら雨が止む・・・こう言い切ると、もはや脳を疑われ始めるでしょうかね。でもそういう場面が多いのですよ。そして、雨と晴れの境目にいると、虹をよく見るのです。

窓辺から顔をつき出して
虹を探してた
君を覚えてる 『虹とスニーカーの頃』1979財津和夫

一度など、九州から東京へ向かう新幹線の中から虹を20本近く見たことがあります。天気は西から東へ流れますからね。きっと雨と晴れの境目を走り続けたのでしょう。さて、そんなに沢山の虹に出会う、晴れ男の俺にとって、虹は幸運の架け橋だったでしょうか。

2015年12月、亡くなる半年前の親父は、新たな特定疾患で緊急入院して、治療方針が決まったとき、病院の窓から息をのむような見事な虹がかかりました。始まりと終わりが完全にアーチになった見事な虹でした。全員がそれを吉兆と受け取り、治療への希望を感じました。ところが実際は、治療が著しくQOLを低下させて、苦しみながら半年後に他界しました。

虹は吉兆ではなかったのか。

その後、今度はアメリカ在住の姪っ子が癌で余命宣告を受けたので、お見舞いにアメリカに行きました。彼女はとても元気で、楽しくアメリカ滞在を過ごし、いよいよ帰国するときに、空港のホテルまで送ってくれました。(翌朝5時の便だったので、空港のホテルでのお別れでした)

「また来るからな」「ありがとうI love you」と別れました。
その時、親父の時と同じ、ものすごくくっきりとした二重の虹がかかりました。あんなに美しい虹はあの時以来でした。俺はもうきっと、彼女には逢えないだろうと悟り、頭上からまっすぐに降り注ぐ大粒の雨に打たれるままにつっ立っていました。7か月後、訃報が届きました。

自然の摂理には、誰もが逆らえないけど、時に、こんなにも美しい。虹は確かに架け橋でした。そしてやっぱり、虹の向こうは晴れなのです。

終わり

関連記事

  1. もう一度、横溝正史「悪霊島」はガチムチ男まつり

  2. 法眼家の家系図 市川崑監督『病院坂の首縊りの家』

  3. 市川崑「八つ墓村」と俺たちの朝

  4. 横溝正史原作 市川崑監督「女王蜂」 開始67分後の真実は、あまりに美し…

  5. 2/3「病院坂の首縊りの家」横溝正史原作・市川崑監督 Pt.2

  6. 横溝正史原作市川崑監督 獄門島「あの人も、強かったんやないんでしょうな…

  7. 1/3「病院坂の首縊りの家」横溝正史原作・市川崑監督 Pt.1

  8. 3/3「病院坂の首縊りの家」横溝正史原作・市川崑監督 Pt.3

コメント

    • alice*
    • 2022年 7月 08日 8:28pm

    コメントテスト。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事

  1. 最初の記憶

    2022.07.13

カテゴリー