最初の記憶

最初の記憶って何ですか?
秩父鉄道人はどこまで、記憶をたどっていけるのだろう。

大体の人は、3歳から5歳が、最初の記憶のようですが、中には、3歳以前の記憶がある人もいます。

かくいう俺も1歳半の記憶があります。

でもこの記憶は1枚の写真的な記憶です。

俺の最初の記憶は、風鈴です。モービルのような大きな風鈴が、きらきらと光っていました。その風鈴の記憶は、当時から今に至るまで、まるで未整理の古い写真のように、記憶の引き出しに入っています。

前後のエピソードや、時系列ははっきりしませんが、成長する過程で、その時の話しを親から聞いて、その風鈴が、いつ、どのような状況でそこにあったのかは知っています。聞かされた事実が風鈴のストーリーを再構築させて、あたかも、その時のことをすべて覚えているような錯覚に陥ってしまいます。

きらきらと輝きながら澄んだ音を奏でたり、それを聞きながら、心地よい眠りについたり・・・。

色あせた1枚の写真のようだった記憶の風鈴が、今では、ノスタルジーという名前の、感傷的な色合いを帯びてきたりします。

一般に、人には3歳以前の記憶はないと言われています。3歳から5歳に「幼児期健忘症(childhood amnesia)」が起こる(と言われている)からです。

幼児期健忘症は病気ではなく、幼児の脳の発達に伴って、それ以前の記憶が無くなってしまうもので、幼児の発達時には誰にも起こるものなのです。

最近の研究では、実は記憶そのものを刻んだ脳の細胞が消滅してしまうのではないために、心のどこかにひっそりと眠っているだけということのようです。ではなぜその記憶が無くなってしまうかというと、それはその記憶にアクセスできなくなっているからです。

もう少し詳しくお話ししましょう。3歳前の記憶と、それ以降に言語を習得してからの記憶は、記憶そのもののやり方、いわば、フォーマットが異なるのです。

記憶には「記銘ー保持ー想起」といいうプロセスがあります。記銘とは覚えることです。記銘ー保持は短期記憶が長期記憶として保持(貯蔵)されることです。

例えば、「後からコーヒーを飲もう」と思っていることは、コーヒーを飲んだら忘れてしまいますよね。ところがそのコーヒーを壮大にこぼして火傷を負ったなどという事件が発生して一つのエピソードになると、人は忘れません。これは記憶の記銘が行われ保持に至ったということです。

さて、その長期記憶ですが、コンピューターやスマホには容量があって、最近はスマホのカメラ機能がよくなって、どんどんと、いろんな写真を想い出に残していたら、メモリー容量がいっぱいになってしまいますよね。

写真を撮って保存するというのは、先ほど説明した記憶のメカニズムと同じなのですが、さて、人間の長期記憶のメモリー容量はどのくらいあると思いますか?

俺と同年代の方、そろそろ容量が一杯になってきたと思っていませんか。

実は、人間の長期記憶のメモリー容量は無限大なんです。

「保存領域が不足してイマス。イマスグ、不要な記憶を削除して、保存領域を確保してクダサイ・・・」なんてエラーは起こらないのです。

消せない記憶・・・。沢山ありますよね。

そうです。3歳以前の記憶も、実は脳のどこかに残っているのです。

森永ホモ牛乳保持された記憶は無限に、そして消えることなく脳に存在しているのですが、そんな膨大な記憶を常に覚えているわけではありませんよね。

保持された記憶を思い出すことを想起と言います。

む?なんか覚えがあるぞ???ああ、そうだったー!というようなプロセスが想起です。

さらに、記憶には、とあることを記憶したということの記憶がありまして、それをメタ記憶といいますが、このメタ記憶のおかげで想起がされやすくなります。

記憶のメカニズム、すごいですね!コンピュータの仕組みとおんなじなんです。

想起はいわゆる検索ですから、記憶を銘記したときと同じフォーマットにおいてなされます。それをスキーマと呼びますが、幼児期健忘症とは、銘記のスキーマが言語の取得前と取得後で異なるために、想起ができなくなる。そのために起こるのではないかとされています。

ということで、俺に1歳の記憶があるのは、間違ってはいないということです。

音もなく風も吹かずにきらきらと揺らいでいる風鈴。これが俺の記憶の原点です。考えたらいつも俺の胸のあたりに、影を落とすように揺らいでいます。

その風鈴は、俺の1歳すぎて迎える初祭りのお祝いに、ひいおばあちゃんが、七夕祭りの風鈴を博多から抱えて持ってきてくれたのでした。美しいクラゲのような七夕飾りの見事な風鈴でした。その後すぐに彼女は亡くなりました。逢ったのは、その時の一度きりでした。

風鈴の揺らめきは、俺が愛されて生まれたことの証しなのでした。これまでの人生、いつも、そういうものに支えられたり、守られたりしてきたように感じます。

忘れるわけがありません。人の心の成り立ちって、こういうものでできているんだと思います。

ちり りん

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