雨の降る日の文章

今年は異例の速さで6月中に梅雨明け宣言が出されましたが、7月中旬の今日、ざーざー降りの空を眺めながら、梅雨が再び戻ってきたのではないかと、いぶかっています。

今日の雨は空からまっすぐに降っています。粒が重いのかな。激しく静かな雨です。どんな雨でも、雨には情緒がありますね。祖母は明治生まれでしたが、北原白秋作詞の『城ヶ島の雨』を雨の降る日には、よく歌っていました。

雨はふるふる城ヶ島の磯に
利休鼠(りきゅうねずみ)の雨が降る

利休鼠(りきゅうねずみ)の雨とはいったいなんぞや?

利休鼠とは江戸時代に流行したグレー色の名前です。茶人の千利休が好んだような、少し緑色がかった地味で侘びた灰色のことです。まるで今日の街のような色。昔の人は情緒がありますね。

若い人白い夢
真昼の空にふんわりと
浮かんだ雲よりでっかくて
ヨットの帆よりもまだ白い
若い人白い夢ヨットの帆よりもまだ白い

若い人青い花
二つ並んだ足跡を
消さないようにと風が吹く
月夜のうたよりまだ青い
若い人青い花月夜のうたよりまだ青い

若い人若い朝
雪崩のあとに春が来て
メダカの歌で夏が来る
大地の朝よりまだ若い
若い人若い朝大地の朝よりまだ若い
『若い人』作詞木下忠司,作曲池田正義,歌石原裕次郎 1962

さて、雨と言えば『若い人』です。どういう連想か?!今の人には一切分からないでしょうね。最初に貼った動画は1962年の日活映画『若い人』の主題歌です。めちゃ昭和30年代な感じですが、埋もれた名曲で、もう、ほぼ聴くことができないので、歌詞とともに共有しました。


その『若い人』とは、石坂洋次郎の小説で、1962年には吉永小百合、浅丘ルリ子、石原裕次郎主演で、1977年には桜田淳子、小野寺昭主演で映画化されています。1962年は俺が生まれた年、そして桜田淳子は俺のアイドルでしたから、どちらの映画もなじみが深く、小説も桜田淳子主演の映画を観た1977年に読みました。

主人公は女子高生JKの江波恵子(吉永小百合,または桜田淳子)。赴任したばかりの若い国語教師への思慕を、大人と子ども、娼婦と乙女の入り混じった複雑で多感な恋心を描いた傑作です。

若い国語教師の出した課題の作文『雨の降る日の文章』から、物語りは始まります。主人公の江波恵子の書いた作文です。

「雨が降る日の文章──。私にだけ書けそうな気のする文題だ。考えることも読み返すこともいらない。私は黙って私の心にフツフツ浮き上がってくる水泡のようなものを紙の上に書現わしさえすればいい。

私には父がない。私がこの学校に差し出した戸籍謄本にはハツ(母の名)私生児・江波恵子と記してある。

…それが母の姿だった。感覚と理性を白濁した血の流れの中に喪失してしまった原始の女。哀れな母。憎い母。

私は男を知りたい。その男を通して私の父を感じたい。父の肌を、父の血の匂いを、父の口臭を、父の欲情を──そうすれば私は神の祝福に恵まれない一人の私生児がなぜこの世に生れ出たかを正しく知ることが出来るだろう。」(石坂洋次郎 若い人 株式会社小学館)

この『雨の降る日の文章』は、若い少女の将来の破滅を含蓄しており、17-8歳の女子高生がこれを書けるかどうかは疑問ですが、あらためてこれを読んで思い出される曲があります。

それはCoccoの『Raining』です。ご存じですか。1998年の楽曲です。雨つながりでもあるのですが、少女のリストカットを歌った衝撃的で美しい曲です。

それはとても晴れた日で
未来なんかいらないと思ってた
私は無力で言葉を選べずに
帰り道のにおいだけ
やさしかった
生きていける
そんな気がしていた
『Raining』Cocco 1998

そして、もう一曲。1972年、五輪真弓のデビュー曲の『少女』。これは季節が冬の晴天の日ですが、これも少女から大人になる境界にいる、静かな怒りと悲しみを歌った名曲です。

かわいい子犬たちが
年老いていくのを
悲しそうにみていたの
夢が風のなかで
褪せて
消えてしまったの
『少女』五輪真弓 1972

下関市唐戸桟橋から見る北九州市門司港

今日、雨は止まなかったのです。95歳になる俺の母は、利休鼠の空の下、一日中、居間の椅子に座って、『城ヶ島の雨』をぽつぽつと、想い出を追うように、とつおいつ歌っていました。

終わり

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